平野レミと上野樹里は不仲?嫁姑関係の現在と長電話の真相を2026年最新報道から徹底解説
料理愛好家の平野レミと俳優の上野樹里。長男でロックバンド「TRICERATOPS」のボーカル・ギターを務める和田唱を通じて嫁姑となった2人は、テレビで語られる率直なやり取りや、家族をめぐる心温まるエピソードでたびたび注目を集めてきました。一方、芸能人同士の家族関係ということもあり、「本当は不仲なのでは?」「現在も良好な関係なの?」と気になっている人も少なくありません。
実際に報道をたどると、2023年11月の『徹子の部屋』で上野樹里が明かした長電話のエピソードや、2024年3月の『おかべろ』で平野レミが振り返った夫・和田誠の死去後の出来事、さらに2026年に刊行された平野の自伝『平野レミ大百花』に掲載された義理の娘との関係が見えてきます。噂だけでは判断しにくい嫁姑関係の実像を、公開された発言と報道をもとに整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 不仲説の真相:上野樹里は長電話や食事に出かける関係を明かしており、2026年までに紹介された公開情報からは不仲を裏付ける具体的な材料は見当たりません。
- 長電話のエピソード:2023年の『徹子の部屋』で、上野は平野について「一つ質問するとマシンガンのようにいっぱい話が出てくる」と笑顔で語りました。
- 夫の死去後の支え:平野は夫・和田誠の死去後、上野樹里の提案で長男・和田唱と手を握り合った出来事を振り返り、気持ちが軽くなったと語っています。
- 2026年の最新情報:平野の自伝『平野レミ大百花』が2026年1月に刊行され、5月5日には文春オンラインが上野との関係を紹介する抜粋記事を掲載しました。
【不仲説の真相】平野レミと上野樹里の嫁姑関係は現在どうなっている?
平野レミと上野樹里の関係を考えるうえで、最初に押さえたいのは、2人がそれぞれ公の場で語ってきた内容です。上野は2023年11月29日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』で、義母である平野との日常的な交流について具体的に説明しています。
上野によると、平野は電話で「もしもし」「こんにちは」といった挨拶を挟まず、いきなり「あのさ」と本題に入ることがあるそうです。最初は特徴的に感じられたその話し方も、いつの間にか上野自身に移り、用件を早く伝えようとするようになったといいます。
さらに、2人はふらっと一緒に食事に出かけることもあり、電話をすると長話になりやすい関係だと明かしました。上野は平野を「レミさん」と呼び、その明るさや話のおもしろさについても好意的に語っています。
この発言は、単に「仲がいい」と表現するだけのものではありません。電話の始め方や会話のテンポ、食事に出かける頻度など、生活の中での交流が具体的に伝わってきます。少なくとも、上野本人が公の場で語った嫁姑関係は、気軽に話し合える親密なものです。
では、不仲説はどこから生まれたのでしょうか。芸能人の家族関係は、発言の一部が切り取られたり、個性的な性格が強調されたりすることで、実際の関係とは異なる印象を持たれることがあります。平野の歯に衣着せぬ話し方や、上野の独自の感性が話題になることも、その背景として考えられます。
ただし、公開された報道には、2人の間に決定的な対立があったと裏付ける具体的な証言や発表は見当たりません。「不仲説がある」ということと、「不仲であることが確認されている」ということは別です。2026年時点で確認できる本人たちの発言を重視するなら、不仲説を事実として受け取る根拠は乏しいといえます。

【徹子の部屋】長電話と「マシンガン発言」に表れた2人の距離感
平野レミと上野樹里の嫁姑関係を知るうえで、特に重要なのが2023年11月29日の『徹子の部屋』です。番組に初出演した上野は、司会の黒柳徹子から義母の平野について尋ねられ、普段の電話や会話の様子を紹介しました。
上野が語ったのは、電話での挨拶を省いて本題から話し始める平野のスタイルです。最初は驚くようなやり取りでも、長く接するうちに上野自身もそのテンポに慣れ、自然に会話するようになったといいます。
そして、報道で広く取り上げられたのが「気がついたら長電話」というエピソードです。上野は、平野に一つ質問すると「マシンガンのようにいっぱい話が出てくる」と説明しました。平野の話を聞くだけでなく、上野も返事をして会話が盛り上がるため、電話が長くなるという趣旨です。
ここで注目したいのは、「マシンガン」という表現だけを取り出して、平野の話し方を一方的だと決めつけないことです。上野の説明では、会話は平野だけが話し続けるものではなく、上野も応じることで盛り上がっています。発言全体を読むと、勢いのある会話を2人で楽しんでいる様子が伝わります。
同じ番組では、舞台『のだめカンタービレ』の打ち上げをめぐる話も紹介されました。和田家の家族が集まる機会を設け、義妹の和田明日香が店を予約したというエピソードです。上野は、平野が家族を大切にする人であることに触れ、みんなで集まる時間が楽しいと語りました。
この一連の発言から読み取れるのは、嫁姑という立場だけに縛られない交流です。頻繁に会っているかどうかだけではなく、電話で話が弾むことや、家族の集まりを楽しいと感じていることが、2人の関係を知る具体的な手掛かりになります。
なお、『徹子の部屋』への出演は、上野の結婚後の仕事観についても語られた機会でした。上野は30歳で和田唱と結婚したことを人生の転機の一つとして振り返り、私生活を優先する時間を経て、自分が取り組みたいことにじっくり向き合うようになったと紹介されています。結婚生活と仕事の両方を自分のペースで築いてきたことも、上野を理解するうえで見逃せないポイントです。
【結婚の経緯】上野樹里と和田唱はどう出会い、平野レミと家族になった?
平野レミと上野樹里の関係は、和田唱と上野の結婚から始まります。和田唱はロックバンドTRICERATOPSのボーカル・ギターとして活動し、平野レミとイラストレーターの和田誠を両親に持つ人物です。
日刊スポーツやMANTANWEBなどの報道によると、上野と和田の縁をつないだのは音楽でした。上野は以前からTRICERATOPSのファンで、テレビ番組で初めて買ったCDとして同バンドの楽曲「if」を挙げたことが和田の耳に入ったと、2023年の『徹子の部屋』出演時にも紹介されています。
和田からライブの案内などが届くようになったものの、上野はすぐに交際へ進んだわけではなかったといいます。2023年11月の番組紹介記事では、上野がライブの案内を約6年間そのままにしていたエピソードも伝えられました。その後、音楽を通じて距離が縮まり、交際を経て結婚に至っています。
2人は2016年5月26日に結婚を発表しました。双方の所属事務所を通じた連名コメントでは、結婚は2人にとって自然なことであり、互いに支え合いながら歩んでいきたいという趣旨が示されています。
結婚当初、平野は義理の娘となった上野を歓迎しました。日刊スポーツの2016年5月27日付報道では、結婚祝いとして上野に調理器具の「レミパン」を贈り、これから料理を教えていきたいという平野のコメントが紹介されています。
一方で、2026年5月5日に掲載された文春オンラインの自伝抜粋記事によると、平野は長男から結婚したい相手がいると聞いた際、相手が女優だと知っても、上野樹里という名前を当初は知らなかったと振り返っています。平野自身、ドラマや映画をあまり見なかったことが理由として語られています。
このエピソードは、華やかな芸能人同士の結婚というイメージとは少し異なるものです。平野は上野の知名度よりも、実際に家族となってからの人柄や交流について語っています。自伝の抜粋では、上野を優しい人物として紹介し、よく一緒におしゃべりをしていることにも触れています。
つまり、2人の関係は、最初から芸能界で互いをよく知っていたことで成立したわけではありません。和田唱との結婚をきっかけに出会い、その後の会話や家族の時間を重ねることで、現在につながる関係を築いてきたのです。

【夫・和田誠さんの死去】上野樹里が平野レミを支えた心温まるエピソード
平野レミと上野樹里の関係を語るうえで、夫・和田誠の死去も大切な出来事です。イラストレーターや映画監督など幅広い分野で活躍した和田誠は、2019年10月7日に肺炎のため83歳で亡くなりました。訃報は同月11日に公表され、平野は長年連れ添った夫との別れについてコメントを発表しています。
平野は当時のコメントで、夫が食事を取れなくなってからも好きだった料理を作り、最期まで家族に見守られながら別れたことを振り返りました。47年間、夫が自分の料理を喜んで食べてくれたことへの感謝も伝えています。長年にわたって生活をともにした伴侶を失った悲しみは、平野にとって大きなものでした。
その後、平野が上野樹里との出来事を語ったのが、女性自身やSmart FLASHなどのインタビュー報道です。平野によると、夫を亡くした後、長男・和田唱の家を訪れた際に、上野がある提案をしました。
上野は平野と唱に手を出してもらい、唱に母親の手を握るよう促したといいます。平野にとって、唱の手は幼いころの小さな手という印象が強く残っていました。しかし、目の前にあるのは、成長してギターを弾くようになった息子の大きな手です。
その手を握ったとき、平野は息子の中に亡き夫の面影を感じたと振り返っています。報道で紹介された平野の言葉は、「胸のつかえがストンと取れた」というものでした。
この話は、2024年3月2日放送の関西テレビ系『おかべろ』に平野が出演した際にも取り上げられました。番組関連の報道では、夫の死去後に失意の中にいた平野を、長男の妻である上野が支えたエピソードとして紹介されています。
この出来事の印象的なところは、上野が義母を励ますために大げさな言葉をかけたという話ではない点です。母と息子が手を握るという、ごくシンプルな行動を通じて、平野が夫とのつながりを改めて感じられるきっかけをつくりました。
もちろん、この一つのエピソードだけで家族関係のすべてを説明することはできません。それでも、平野本人が公の場で語った体験であり、上野との信頼関係を考えるうえで重要な材料です。上野は和田唱の妻であるだけでなく、つらい時期に平野の気持ちに寄り添った家族の一人として記憶されています。
【2026年最新】自伝『平野レミ大百花』で語られた義理の娘との関係
2026年に入ってからの新しい材料として注目されるのが、平野レミの自伝『平野レミ大百花』です。中央公論新社から2026年1月14日に刊行された本書は、平野が歩んできた人生や歌手としての活動、夫・和田誠との出会い、独自の料理スタイルが生まれた背景などを振り返る一冊です。
その内容の一部は、2026年5月5日に文春オンラインで紹介されました。記事では、平野が長男・唱から結婚相手を紹介された当時のことや、義理の娘となった上野との現在の関係について語っています。
平野は、唱から「結婚したい相手がいる」と聞いたとき、相手が女優だと知らされたものの、上野樹里という名前にはすぐに心当たりがなかったと振り返りました。平野自身が普段あまりドラマや映画を見ないこともあり、知名度を通じて上野を知ったのではなかったのです。
その一方で、同記事では、平野が上野を優しい人として紹介し、2人でよくおしゃべりをしていることも伝えられています。また、平野は息子たちの妻について、はっきりものを言うさっぱりとした性格で、互いにとって気楽な関係だという趣旨の話をしています。
この自伝の内容は、2023年の『徹子の部屋』で上野が語った長電話の話ともつながります。上野側からは、平野の話し方や家族の集まりが楽しいというエピソードが語られ、平野側からも、上野との会話や人柄について肯定的な説明がなされています。異なる時期に、それぞれの立場から似た関係性が語られている点は注目に値します。
ただし、自伝の一節やテレビ番組の発言から、2人の私生活をすべて把握できるわけではありません。家族間で意見が食い違うことがあったとしても、それだけで不仲とは限らないでしょう。大切なのは、公開された具体的な発言と、根拠の示されていない噂を区別することです。
2026年の報道から見えてくるのは、上野が結婚当初から平野をよく知っていたわけではなく、家族となってから交流を深めてきたという姿です。長電話や食事、家族の集まり、夫の死去後の出来事など、複数のエピソードが積み重なっていることが、2人の関係を理解するうえでのポイントになります。

【時系列で整理】平野レミと上野樹里の関係に関する報道と事実
平野レミと上野樹里については、結婚発表からテレビでの発言、夫の死去後のエピソード、そして2026年の自伝まで、複数の時点で関係性が紹介されてきました。主な出来事を時系列で整理すると、噂と本人たちの発言を区別しやすくなります。
| 時期 | 出来事・報道 | 関係性を読み取るポイント |
|---|---|---|
| 2016年5月26日 | 上野樹里と和田唱が結婚を発表 | 平野レミと上野が義理の親子となるきっかけ。平野は結婚を祝福し、レミパンを贈ったと報じられた。 |
| 2019年10月7日 | 和田誠が83歳で死去 | 平野が長年連れ添った夫を失う。後年、上野が平野を支えた出来事が語られる。 |
| 2021年10月ごろ | 女性自身が平野の悲しみと上野の言葉を紹介 | 唱と平野が手を握り合ったエピソードを通じ、上野が義母に寄り添った様子が伝えられた。 |
| 2023年11月29日 | 上野樹里が『徹子の部屋』に初出演 | 平野との長電話、食事、家族の集まりについて上野本人が説明。「マシンガンのように話が出てくる」という表現が話題になった。 |
| 2024年3月2日 | 平野レミが『おかべろ』に出演 | 夫の死去後、上野の提案によって気持ちが軽くなったというエピソードが紹介された。 |
| 2026年1月14日 | 自伝『平野レミ大百花』刊行 | 平野自身の人生や家族との関係を振り返る新たな資料が登場した。 |
| 2026年5月5日 | 文春オンラインが自伝の抜粋記事を掲載 | 平野が結婚当初の経緯や、現在の上野との会話について語った内容が紹介された。 |
この時系列から分かるのは、2人の関係が一度のテレビ出演だけで語られているわけではないことです。結婚当初の平野の歓迎、上野が語った日常の交流、平野が振り返った喪失後の支え、そして2026年の自伝まで、異なる時期の情報が積み重なっています。
一方で、表にあるのは公表された出来事や報道であり、家族の私生活すべてを示すものではありません。特に、不仲説を裏付けるような具体的な対立の事実は、この時系列からは確認できません。報道の数が多いことと、問題が起きていることを同一視しない姿勢が必要です。
【プロの結論】2人の家族の絆を理解するために知っておきたいこと
平野レミと上野樹里の関係について、公開された発言から最もはっきり読み取れるのは、2人が互いの個性を認めながら交流していることです。平野の率直で勢いのある話し方を上野は笑いを交えて紹介し、平野も自伝の抜粋で上野の人柄や会話について語っています。
嫁姑関係という言葉には、ときに「価値観が合わないのでは」「家事や生活習慣で衝突するのでは」といった先入観が伴います。しかし、親子であっても夫婦であっても、性格や会話のテンポが違うこと自体は珍しくありません。違いがあることと、関係が悪いことは別問題です。
今回のエピソードで印象的なのは、上野が平野に合わせて話し方を変えたという話だけではなく、平野の話を聞いて自分も返し、長電話になるという相互的な交流です。また、夫を亡くした平野に対して上野がとった行動は、義理の娘という立場だけでなく、目の前の家族の気持ちを考えて行動した一人の人間としての姿を伝えています。
芸能人の家族関係を報道から読み解く際は、次の3点を判断基準にすると、噂に振り回されにくくなります。
- 本人の発言があるか:本人が番組やインタビューで語った内容と、出どころが分からない噂を分けて考える。
- 発言の前後関係が保たれているか:「マシンガン」という言葉だけを抜き出さず、長電話や会話が盛り上がるという説明まで確認する。
- 複数の時期の情報が一致しているか:2023年の上野の発言と、2026年の平野の自伝に見られる説明を照らし合わせる。
一方で、芸能人のプライベートを知りたいという関心があっても、本人たちが公開していない生活の詳細まで推測する必要はありません。家族の距離感はそれぞれ異なり、頻繁に会うことだけが良好な関係の証明になるわけでもないからです。
平野レミと上野樹里の場合、長電話や食事、家族の集まり、夫の死去後に語られた出来事など、具体的なエピソードが複数あります。少なくとも、こうした公開情報を根拠にする限り、不仲説を積極的に支持する理由は乏しく、個性を尊重しながら交流する嫁姑関係という見方が自然です。
【平野レミ上野樹里】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:平野レミと上野樹里は本当に不仲なのですか?
A1:2026年までに紹介された主な報道では、上野が長電話や一緒に食事に出かける関係を語り、平野も上野の人柄や交流について肯定的に振り返っています。不仲を裏付ける具体的な公表情報は見当たらず、噂だけで不仲と判断することはできません。
Q2:上野樹里が『徹子の部屋』で語った長電話とは?
A2:2023年11月29日放送の番組で、上野は平野が電話で挨拶を省いて本題から話し始めることや、一つ質問すると「マシンガンのようにいっぱい話が出てくる」ことを紹介しました。上野も会話に応じるため、気がつくと長電話になると説明しています。
Q3:平野レミの夫・和田誠が亡くなった際、上野樹里は何をしたのですか?
A3:平野が後年のインタビューなどで語ったところによると、上野は平野と長男・和田唱に手を出してもらい、唱が母親の手を握るよう促しました。平野は息子の手に亡き夫の面影を感じ、胸のつかえが取れたと振り返っています。
Q4:平野レミと上野樹里は現在も交流があるのですか?
A4:2023年の上野の発言では、電話で長話をしたり、一緒に食事に出かけたりすることが語られています。2026年5月に紹介された平野の自伝の抜粋でも、上野とよくおしゃべりをする関係が伝えられました。ただし、日々の交流の頻度など、私生活の詳細がすべて公表されているわけではありません。
Q5:平野レミと上野樹里が家族になったのはいつですか?
A5:上野樹里と和田唱が2016年5月26日に結婚を発表したことがきっかけです。和田唱は平野レミの長男で、上野は結婚によって平野の義理の娘となりました。平野は結婚祝いとして上野にレミパンを贈ったことも報じられています。
Q6:2026年の最新エピソードは何ですか?
A6:2026年1月14日に刊行された平野レミの自伝『平野レミ大百花』が新しい手掛かりです。5月5日の文春オンラインの記事では、長男・唱から結婚相手を紹介された当時のことや、上野の人柄、現在の会話について平野が語った内容が紹介されました。
まとめ:平野レミと上野樹里の関係は噂よりも本人の言葉で判断する
平野レミと上野樹里の嫁姑関係は、2016年の結婚から現在まで、テレビ番組やインタビュー、自伝を通じて少しずつ紹介されてきました。2023年の『徹子の部屋』では、上野が長電話や「マシンガン」のような会話を笑顔で語り、2024年の『おかべろ』関連報道では、平野が夫・和田誠の死去後に上野から受けた支えを振り返っています。
さらに、2026年刊行の『平野レミ大百花』と同年5月の文春オンラインの記事からは、平野自身が上野との交流を肯定的に語っていることが分かります。こうした複数のエピソードを合わせて考えると、不仲説を事実として受け取る根拠は乏しく、率直な性格を持つ2人が家族として関係を築いてきた姿が浮かび上がります。
もちろん、家族の関係は外から見える部分だけですべてを判断できるものではありません。それでも、本人たちが語った長電話や家族の集まり、悲しみの中で交わされた行動には、互いを身近な存在として受け止めている様子が表れています。平野レミと上野樹里の現在を知るうえでは、刺激的な見出しや根拠のない噂よりも、こうした具体的な発言と出来事に目を向けることが大切です。 (出典: 平野 レミ 上野 樹里(Yahoo!ニュース))